高松高等裁判所 平成3年(ネ)158号 判決 1994年4月19日
控訴人
室井茂孝
右訴訟代理人弁護士
中村詩朗
同
藤本邦人
被控訴人
久米壽子
右訴訟代理人弁護士
古市修平
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人の請求を棄却する。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文同旨。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一)(主位的請求)
(1) 控訴人は、昭和五六年一二月二日、原判決添付別紙物件目録(ただし、同目録表八行目の「二八一番」を「二八一番地」と改める。)記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を被控訴人に贈与した(以下「本件贈与契約」という。)。
(2) よって、被控訴人は控訴人に対し、本件贈与契約に基づき、本件不動産の所有権移転登記手続を求める。
(二)(予備的請求)
(1) 被控訴人と控訴人は、昭和三七年ころから内縁関係にあって、昭和四二年六月ころから高松市内において飲食店「一富士」の共同経営を開始し、その収益金で本件不動産を取得したが、本件不動産は、民法七六二条二項の類推適用によって、被控訴人と控訴人の共有に属する。
(2) 飲食店「一富士」の主要な業務である調理及び接客は専ら被控訴人が行っており、控訴人は金銭管理のみを行っていたのであるから、飲食店「一富士」の共同経営に対する被控訴人の寄与割合は少なくとも三分の二である。したがって、本件不動産に対する被控訴人の共有持分割合も三分の二となる。
(3) しかるに、登記上、本件不動産は控訴人の単独所有名義となっている。
(4) よって、被控訴人は控訴人に対し、本件不動産に対する三分の二の共有持分権に基づき、真正な登記名義回復を原因とする持分三分の二の所有権移転登記手続を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)(1)の事実は認める。
(二) 同(二)について
(1) 同(1)の事実中、被控訴人と控訴人が昭和三七年ころから内縁関係にあることは認め、本件不動産が飲食店「一富士」の収益金によって取得されたことは否認する。本件不動産は、控訴人が、相続によって取得した不動産の売却代金や銀行借入金等によって取得した控訴人の固有財産である。
(2) 同(2)は争う。
(3) 同(3)の事実は認める。
3 抗弁
(一)(死因贈与)
本件贈与契約は死因贈与であり、控訴人の死亡を不確定期限としていた。
(二)(民法七五四条による取消)
控訴人と被控訴人は内縁関係にあるので、民法七五四条の類推適用により、控訴人は、平成三年八月二三日付け控訴人準備書面でもって、本件贈与契約を取り消す旨の意思表示を行い、同準備書面は、同月二四日、被控訴人に送達された。
(三)(和解契約)
平成三年四月二四日、控訴人・被控訴人間で、以下の約定による和解契約が成立した。
(1) 控訴人は被控訴人に対し、本件に関する和解金として金一五〇〇万円を支払い、被控訴人は、同日、これを受領したことを確認する。
(2) 被控訴人は控訴人に対し、本件不動産が控訴人の所有であること及び本件不動産に関し当事者間に何ら債権債務のないことを確認する。
(3) 被控訴人は、本訴を取り下げる。
4 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実中、控訴人と被控訴人が平成三年八月二四日当時内縁関係にあったとの事実は否認する。当時、控訴人と被控訴人の内縁関係は既に破綻していた。
その余は争う。民法七五四条は内縁関係に類推適用されない。
(三) 同(三)の事実は否認する。
三 証拠関係
原審及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一主位的請求について
1 請求原因(一)(1)の事実は当事者間に争いがない。
2 抗弁(一)について
控訴人は、本件贈与契約が死因贈与であったと抗弁し、控訴人本人尋問(第一回)において、同主張に沿う供述をする。
そこで判断するに、成立に争いのない甲第一及び第二号証、第八及び第九号証の各一ないし五二、第一〇号証の一ないし六、第一一号証の一ないし三〇、乙第二号証、第八ないし第一五号証、第二九及び第三〇号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五及び第一六号証、控訴人本人尋問(第一回)の結果(後記措信しない部分を除く。)、同結果により真正に成立したものと認められる乙第一六、第二二ないし第二六号証並びに被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は妻子がありながら、昭和三七年六月ころから被控訴人と内縁関係に入り、昭和四三年六月被控訴人とともに高松市内において飲食店「一富士」の共同経営を開始したが、その収益金のほとんどを控訴人名義で購入した本件不動産取得のための銀行借入金の返済及び控訴人の妻子への仕送金に充てるとともに、相続により取得した神戸市所在の土地の一部を売却して、妻子の居住家屋新築代金の一部に充てたこと、そのため、身分関係の不安定な内縁関係であるにもかかわらず、被控訴人名義の財産が全くないことから、将来に不安を感じた被控訴人が、本件不動産の所有権を控訴人に移転するように懇請し、これを受け入れた控訴人が、昭和五六年一二月二日、「四国に有る控訴人名義の動産不動産はすべて被控訴人の所有であり、その名義変更につき異議を言わない。」との内容の書面(甲第一及び第二号証)を被控訴人に差し入れて本件贈与契約が行われたことが認められ、控訴人本人尋問(第一、二回)の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠及び原本の存在及び成立に争いのない甲第二三号証に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人は、当時、控訴人死亡後の財産保全を望んだものではなく、控訴人がその妻子の居住家屋新築代金の一部を拠出する等したことから、将来控訴人がその妻子のもとに戻るおそれがあるかもしれないとの不安を感じて、本件不動産の所有権の移転を控訴人に懇請したものであり、また、甲第一及び第二号証の本件贈与に関する書面も、本件不動産の所有権がその贈与時点で既に被控訴人に移転しているとの文言になっているのであるから、本件贈与契約は死因贈与であったとの控訴人の供述部分は措信できず、他に控訴人主張の死因贈与の事実を認めるに足りる証拠はない。
よって、控訴人主張の死因贈与の抗弁は理由がない。
3 抗弁(二)について
控訴人は、内縁関係にも民法七五四条を類推適用すべきであると主張するが、そもそも、民法七五四条は、夫婦間に紛争がないときはその必要性がなく、夫婦間に紛争が存在すれば、かえって不当な結果を招くことが多い規定であって、その存在意義が乏しいうえ、内縁の妻には相続権がない等、内縁関係は婚姻関係に比べて内縁の妻の財産的保護に薄いので、仮に内縁関係に民法七五四条を類推適用すると、贈与を受けた内縁の妻の法的地位が不安定なものとなり、ますます内縁の妻の保護に欠けることとなって、不当な結果を招来するので、同条は内縁関係に類推適用されるべきではないと解するのが相当である。
よって、控訴人主張の民法七五四条による本件贈与契約取消の抗弁も理由がない。
4 抗弁(三)について
控訴人は、平成三年四月二四日、控訴人が和解金一五〇〇万円を支払うかわりに、被控訴人が、本件不動産につき控訴人の所有権を確認し、本訴を取り下げる旨の和解契約が成立したと抗弁し、控訴人本人尋問(第一回)において、同主張に沿う供述をするとともに、別紙添付の乙第一号証(再発行領収書)を提出する。
これに対し、被控訴人は、右和解契約の成立を否認するとともに、乙第一号証の「和解金として」の部分は控訴人が後に無断で書き入れたものであるとして、この部分の成立を否認し、その余の部分の成立を認めるものの、同号証は、被控訴人が、被控訴人名義の預金通帳から預金を引き出すことについて、控訴人の了解を得た際に発行した領収書の再発行分であって、その際、右和解の話はしていないと主張する。
そこで、判断するに、成立に争いのない甲第一九号証、乙第一号証(ただし、「和解金として」の部分を除く。)、被控訴人本人尋問の結果、同結果により真正に成立したものと認められる甲第一八及び第二一号証、控訴人本人尋問(第一回)の結果(後記措信しない部分を除く。)、同結果により真正に成立したものと認められる乙第二八号証によれば、昭和六〇年一〇月一三日、被控訴人が控訴人に対し、本件贈与契約に基づき所有権移転登記手続を求めたところ、控訴人がこれを拒否して口論となり、控訴人が大皿で被控訴人の側頭部を殴打して控訴人が入院する事態となったことから、被控訴人は、同月二〇日、合計金額一五〇〇万円の被控訴人名義の預金通帳等を持参して別居したこと、その後、被控訴人は、控訴人がギラン・バレー症候群の疑いで一時入院したのに付き添ったことがきっかけとなって、昭和六一年二月五日から再び控訴人と同居したこと、しかしながら、控訴人の姉の反対もあって、控訴人が依然として本件贈与契約による所有権移転登記手続を履行しないため、被控訴人は、本件不動産につき処分禁止の仮処分を申請し、被控訴人の姉から借り受けた五〇〇万円で保証金を提供したうえ、昭和六一年五月二日、同仮処分決定の発令を受け、さらに、平成三年三月一三日本訴を提起したこと、その後、被控訴人の姉に右五〇〇万円を含めて六〇〇万円を返済する必要が生じたため、被控訴人が前記一五〇〇万円の被控訴人名義の預金通帳から六〇〇万円の払戻を受けようとしたところ、控訴人から銀行に払出し禁止の要請がなされていたため、銀行から右払戻を拒否されたこと、そこで、被控訴人が控訴人に対し、右預金通帳から六〇〇万円を引き出すことの同意を求めたところ、控訴人は、見返りに、本訴を取り下げるよう要求したこと、被控訴人はこれを承諾しなかったが、控訴人は、平成三年四月二三日、被控訴人が所持していた控訴人の預金通帳と銀行印の返還を受けて、翌二四日、銀行に対し、被控訴人が前記一五〇〇万円の被控訴人名義の預金通帳から払戻を受けることのできる手続を行い、被控訴人は、金額一五〇〇万円の領収書を控訴人に対し発行したこと、この間、控訴人は、本訴を取り下げるよう要求し続け、翌二五日にも同要求をしたが、被控訴人はこれを承諾しなかったこと、その後、控訴人は、右領収書を紛失したとして再発行を求めたので、被控訴人は、同月三〇日、乙第一号証(ただし、「和解金として」の部分を除く。)を作成して、これを控訴人に交付したこと、以上の事実が認められ、控訴人本人尋問(第一回)の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
また、乙第一号証(再発行領収書)は、合計金額一五〇〇万円の被控訴人名義の預金通帳から被控訴人が払戻を受けることを控訴人が同意したことに対して発行されたものであるところ、同号証の「和解金として」の部分は、その筆跡が他の被控訴人作成部分の筆跡と異なる(例えば、「和解金として」の「として」と同号証末行の「再発行として」の「として」を比べると、各字の特徴がいずれも異なる。)ので、「被控訴人自らが記載した。」との控訴人本人尋問(第一回)の供述により同号証の「和解金として」の部分の成立を認めることはできず、他に同部分の成立を認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、控訴人は、被控訴人名義の預金通帳から被控訴人が払戻を受けることに同意するかわりに、本訴を取り下げるよう要求したものの、被控訴人はこれを承諾せず、結局、被控訴人から控訴人の預金通帳と銀行印の返還を受けることで、右同意の手続をし、その後も、さらに、本訴を取り下げるよう要求し続けたものの、被控訴人はこれを承諾しなかったのであるから、控訴人主張の和解契約は成立していないというべきである。
なお、付言するならば、前掲乙第二六号証によれば、本件不動産のうち原判決添付別紙物件目録四記載の建物の取得価格だけでも四〇〇〇万円に達していることが認められ、その他の本件不動産の評価額を考慮すると、被控訴人が、合計金額一五〇〇万円の被控訴人名義の預金通帳に対する権利を確保するだけで、本件不動産に対する権利を放棄することは、均衡を失していて、被控訴人がこのような和解をするとは考えにくく、この点からも、控訴人主張の和解契約が成立したと認めることは困難である。
よって、控訴人主張の和解契約の抗弁も理由がない。
5 以上によれば、被控訴人の主位的請求は理由がある。
二結論
よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 上野利隆 裁判官 一志泰滋)